keganiの雑文集 No.2

Diabloの潜りに関する話題を徒然と書き連ねています。更新は不定期です。


至高の一皿
2002年7月4日
 先日、Racco氏が開設するIRCチャンネルでLow AC潜りについて延々と話をした。そこで議論されたことの成果を踏まえて、Low AC Diverの上達の仕方とbattle.netの現状について考察し、一つの指針を示したいと思う。

 High AC潜りを脱却してLow AC潜りを志したプレイヤーは、プレイ回数が増加するごとにその潜り方が変化していくものだが、その変化には(まるでbattle.netサーバーとのLatencyを示すG1〜R6のような)6段階のステップがあると私は考えている。JPN-1での任意の公開募集に参加した場合、そのメンバーはその6段階のどこかに属しているのであり、その人がどの段階に属しているかを見極めることは、自分の潜りを構築する上での有効な指標となっている。まずはその6段階のステップを紹介しておきたい。

(R6) High AC潜りから移行して直後の段階。High AC潜りの時のスタイルをそのまま踏襲しており、Marik抜けも習得していない。敵の集団の中央にTLPで突入してシールドブロックが崩されても赤Potionで耐えようとする。周囲のメンバーによる救援がない限り脱出することはできない。
(R5) Marik抜けや、壁などの地形効果を利用することを習得した段階。(R6)の段階のような無謀なTLPは行わない。常にMarik方向の空間を確保しようとする。Marik方向の安全な空間が確保できない場合(例えば画面左上から右上に向かって進行している場合)には、SCを使用して1 on 1を構築することによって安全を確保する。基本の戦術はMarik抜けとHealingの繰り返しとなる。(R6)と比較した場合、安定性は向上しており、死亡回数は激減している。ただし、シールドブロックの恩恵がないLA2Hでは満足に潜ることができない。
(Y4) LA2H潜りに慣れた段階。(R5)の段階のようにシールドブロックに頼ることはないため、Marik抜けの開始タイミングは早くなり、「殴られてから抜ける」状態から「殴られる前に抜ける」状態へと脱却する。画面左上から右上へ進行する場合の攻略手段はSCだけではなくなり、敵を飛び越えてMarik確保も行えるようになる。しかし基本の戦術は(R5)と同様のMarik抜けとHealingの繰り返しであり、Marikポイントを確保するために後方まで敵を引っ張ってゆくことも多い。また、仲間と密着することによって壁を作って攻撃することを多用する。結果として防御を重視する潜り方となる。
(Y3) Marik抜けとHealingの繰り返し、SCの濫用を脱却した段階。TLPを使用して敵の集団を誘導・分散することによって1 on 1を構築する動き方(通称TLPダンス)を習得している。このTLPダンスを使用することによって、画面左上から右上への進行、右上から右下への進行をスムーズに行えるようになり、(Y4)の状態からは一転して攻撃的な潜りをするようになる。敵に対してMarik方向の安全を確保しない状態でも、敵が到達するまでの時間差を利用した各個撃破を躊躇せずに行えるようになる。
(G2) (Y3)の段階で習得した技術の完成度は高くなり、自分の攻撃・防御以外のことにも目を向けることができるだけの余裕が生まれた段階。画面全体を見渡すことによって、仲間が置かれている状況を常に考慮に入れ、苦境に立たされている(たとえば囲まれておりMarik抜けによる脱出も不可能になっている)仲間に対してSCによる救援をいつでも行えるようになる。「個人の潜り」に集中することを脱却して、仲間のための判断・動きを導入した「チームの潜り」ができるようになった状態。
(G1) (G2)の段階よりもさらにパワー・スピード・安定性が向上した段階。仲間に対するアクションはSCによる対処療法的救援だけではなくなり、仲間の意思・心理を読み取ることや、仲間のスタイル・性格・装備・クセを考慮に入れることによって、チーム全体としての最高の成果を生み出しうる判断・動きを行う。刻々と変化する状況に柔軟に対応し、仲間と言外のコミュニケーションを構築することができる。

 この表に従って、このサイトからリンクされているLow AC潜りを扱うサイトを俯瞰すると、それぞれがどの段階を指南・描写しているのかよくわかるのではないだろうか。たとえばRight氏によるマニュアルは、(R6)から(Y4)への道のりを指南している。Xeno氏「LA2H修行」というコラムでは、(Y4)から(Y3)へと進んだ瞬間の感動が鮮やかに描かれている。Jun氏日記は(R5)から始まり、(G2)の前に立ちはだかる厚い壁を乗り越えようとする苦闘を告白している。そしてRacco氏Diablo関連の記述は、(Y3)から(G1)へステップアップするために必要なものを克明に解説している。……なんとも見事な役割分担!

 さらに、この表と2002年7月現在のbattle.netの状況を照らし合わせてみると、Hell/Hellを楽しんでいるプレイヤーの中で、(R6)の段階に位置するプレイヤーはほとんどいないように思える。これはLow AC潜りという楽しみ方が伝播しているお陰と言っていいだろうし(最近の読者はご存知ないだろうが、Diabloのヴァージョンが1.05以前の時期には(R6)が大勢を占めていたし、技術を備えたLow AC潜りは非常にマイナーな存在だったのだ)、JPN-1全体としての技術力のベースアップという意味では素晴らしいことだろう。しかしその内情をよく観察すると、(R5)や(Y4)で長い間停滞しており、なかなか(Y3)へとステップアップできない(もしくは現状に満足してステップアップしようとしない)プレイヤーが多いことにも気付く。ましてや(G2)や(G1)の段階を達成しているプレイヤーとなると、僅かしか存在しないことは間違いない(もちろん、これはあくまで私の傲慢な視点による観察だが)。同様の観察結果をTai氏は彼のサイトの掲示板で述べており、私の観察の妥当性は高いのではないだろうか。

 このサイト上で私、Racco氏、Tai氏が潜りレポートを盛んに書いていた頃に、日々潜りを一緒に楽しんでいたプレイヤー達にはそのような停滞はなかった。彼らは試行錯誤を繰り返していたが、着実に上達していった。そしてこのサイトが公開される遥か前からBNに存在したLow ACダイバー達(=Right氏によるマニュアルの最後にSpecial Thanksとして名前を挙げられている人達)は皆、Low AC潜りに対する情熱によって(G2)への壁を突破していたと記憶している。……なぜこのような過去と現在のギャップが生じているのだろうか。

 このギャップが発生した一つの原因として、Low AC潜りという遊び方が事実上の標準を握ってしまったということが挙げられる。つまり、過去においてはHigh AC潜りによる経験値稼ぎとアイテム集めを行うプレイヤーが大勢を占めていたのであり、かつては星の数ほど存在したDiablo1サイト群もHigh AC潜りを前提としていた。そして技術・マルチプレイを重視するLow AC潜りは非常にマイナーな存在であり、当時Low AC潜りを楽しむ少数のプレイヤーは非常にマニアックな嗜好の持ち主だったといえる。High AC盾剣W3人に囲まれてもLA2Hで遜色なく戦うことに気概を感じており、そこに(自己満足的な)誇りを抱いていたはずだ。彼らは皆、いわゆる「やり込み系・極め系ゲーマー」であったから上達しようという意識も旺盛だった。しかし時が流れて、Diablo1プレイヤーの人口が減少すると同時に、High AC潜りを行うプレイヤーは絶滅し、それに伴いHigh AC潜りを前提とするサイト群も消滅していった。結果として、現存・更新されているDiablo1サイトはLow AC潜りを扱うものばかりとなり、いつのまにかLow AC潜りはメジャーな存在となった。Hell/Hellの募集を行えばそこに応募するのはLow ACダイバーのみで、ver. 1.08以降からDiablo1を始めたプレイヤーは、「High ACはMare/Hellまで、Hell/HellはLow ACで潜るもの」という奇妙ともいえる前提を抱えている。かつての「普通はHigh AC潜りで終わり、マニアックなヤツだけがLow AC潜り」という住み分けが消滅しているため、どんな種類のゲーマーもLow AC潜りに「周囲がやっているからなんとなく自分も」挑戦してゆく。しかし、(Y3)〜(G1)に進むために必要とされる修行のような努力を全てのダイバーが受け入れるわけがなく、結果として「ちょっとの努力でできるようになる」(R5)〜(Y4)に留まって「お手軽Low AC潜り」を楽しむプレイヤーが増加するということになる。

 もう一つの原因として、「ウマい」という表現が濫用されているということも挙げられる。上で述べたように誰もがLow AC潜りを楽しむようになったため、「技術力」が中心的な判断材料となってしまっている(かつては、装備の数値、キャラレベルが最も大きな判断材料だった)。結果として、自分よりも技術力があるプレイヤーを見かけると「ウマいですねぇ」と感想を漏らすことが多くなる。もちろん「ウマい」と言われれば嫌な気分にはならないだろう。「ウマい」と言われれば、「自分はウマい部類のプレイヤーなのだ」と思うのが人間というものだ。しかし、自分を「ウマい」と思うことは、その人の向上心を殺してしまうのだ。……それはあくまでもその感想を漏らした人との相対評価なのであって、全体から見るとただの錯覚でしかない場合もあるのに。

 私は、「ウマい」という表現を、(G1)の段階に到達したプレイヤーにしか使いたくないと今現在は思っている。(Y3)の段階に到達した舞い踊るプレイヤーを見ると、華麗に攻略しているのだから一見「ウマい」ように思う。しかしそれはまだ、ただ単に「4人で一緒に潜って、自分の腕を披露している」に過ぎず、彼らはマルチプレイの真の醍醐味を味わっているわけではない。Low ACによるマルチプレイの真の醍醐味を味わうことができるのは、(G1)に到達したプレイヤーのみなのであり、彼らこそが「ウマい」という形容が当てはまる存在なのだと思う。……ここで言う「マルチプレイの真の醍醐味」とはいったい何か。この「真の醍醐味」について、Racco氏はマルチプレイに関する文章において、「マルチプレイでは『可能な限りの意思疎通で他のプレイヤーとの協力関係を構築する』ことができれば理想であり、同時に目標でもある」と説明している。彼が言う「可能な限りの意思疎通」とは、もちろん言語による意思疎通ではなく、上の表の(G1)の項目に挙げられているような読み・判断を意味している。つまり、こういうことだ。

相手が何を考えているか、自分に何をして欲しいのかをしっかりと把握すること。
相手のアイ・コンタクトを見逃さず、自分も言外のメッセージを発すること。

これこそが、マルチプレイの真の醍醐味であると私は断言する。TLPダンスによって見事に各個撃破することなど、この醍醐味に比べれば小さな喜びに過ぎない。そしてここに、実は見事な偶然とも必然とも言うべき一致が生まれている。つまり、Low AC潜りを究極まで突き詰めてゆくと心理作用や非言語コミュニケーションに行き当たるのと同様に、Diablo1のDuelも究極まで突き詰めてゆくと心理読解や非言語的誘導が最大の武器として顕在するのだ。

 Diablo1のLow AC潜りがこれほど突き詰めることを可能としているのは、他のMMORPG(たとえばEQ)とは違って、種族や職業による役割分担がシステムによって強制されていないからだといえるかもしれない。一人でHell/Hellを潜ることは容易なのだから、本当は役割分担も共同プレイも必要ない。なぜわざわざbattle.netまで出向いて4人で潜らなければならないのかという疑問を抱き、自主的・積極的に自分の役割を「生み出す」必要があるのだ。その「自ら生み出した役割を果たす喜び」は、他のネットゲームでは味わえないものだろう。Right氏の言葉を借りるなら「ゲームの神様に微笑まれたゲーム」のみが持つ奇跡的な楽しみなのだ。

 この奇跡的に存在する希少な楽しみが皿の上に載っているのに、それを堪能しないことは非常にもったいないことだと心底思う。これの存在にすら気付かずに別のゲームに移っていったプレイヤーは、千載一遇のチャンスを逃してしまったアンラッキーな人々なのだとさえ思う。確かに、この楽しみを味わうテーブルに着くためには、上でも述べたように膨大な試行錯誤と努力とChatでの対話を必要とする。しかし幸いなことに、ゲームセンターにあるシューティングゲームが要求するゲームセンスなど、(G1)に到達するためには必要ないのだ。実際、(G1)に到達したプレイヤー達は、Diablo1をプレイするまでほとんど他のゲームをやったことがなかったり、シューティングゲームを非常に苦手とする人が多いのだから。

 さあ、「自分はやり込み系ではないのだから」などというつまらない先入観は捨てて、今座っている安楽椅子から立ち上がり、「至高の一皿」を目指して歩んでみてはどうだろうか。

「論理」を超えて
Date: 2001年10月16日
 「論理」という雑文を書いてから実に半年以上の月日が流れた。この間に印象的な出来事がいくつもあったと思う。かつての潜りレポートで私が酷評をしたYukinojo氏(=Xeno氏)は自分のサイトを立ち上げて、Low AC潜りに対する深い考察を始め、その実力も申し分のない素晴らしいDiverになった。そのYukinojo氏が「ライバル」と評しているRushie氏は、かつての古き良き時代のLA2H潜りを髣髴とさせるような、激しく熱い潜りをするDiverへの道を歩んでいっている。k[]s氏はSによるLA2H潜りというものに対して再考察を行い、SをLow AC潜りと共存させる方法を模索していった。Jun氏は、長いブランクを経た後に、Axe-Wへの挑戦を始めて、その苦闘の日々をサイトに書き綴っている。ほかにも、Attrice氏、Eiro氏、pukers氏などの実力のあるLow AC DiverがUS-WESTにはひしめいており、レベルの高い潜りを日々楽しむことができる。

  ベテランといわれるDiver達はいまだ健在で、毎日のようにbattle.netに通っている。彼らはいまだその力衰えずといった感じだ。特にTai氏は、すでに完成の域に達していると思われるLow AC潜りに新たな風を送り込んでくれた。彼が目指している(と私には思える)「エントロピー的リスク分散戦術」(と私が勝手に命名したもの)は、私が以前に提唱した「アクティヴ・マルチプレイ」を改良し、より実践的な形にしたものといえるだろう。実際、私は彼が取り組んでいることをこの目で見て衝撃を受けたし、そこには何かしらの"Something New"があることを肌で感じ取った。まだまだLow AC潜りというものには研究・開発の余地があるのだ、と。

  こうやって書くと、現在のbattle.netの事情はとても素晴らしく文句の言いようのないものに思えてしまうが、実際にはそのような「パーフェクト・ワールド」であると断言することはできない。そのマイナス要因は、実は、残念ながらこのHA! HA! HA! HAHA!! というサイトが発生させてしまっているように思えて仕方がない。

  もともとこのサイトは、先人のLA2H Diver達がサイト上で発表していたことの隙間を埋めるために開設されたもので、SのLA2H潜りに特化したマニアックなもの(=読み物として楽しむもの)だった。しかし、このサイトがMira氏、Right氏、Racco氏、Tai氏のコンテンツを借用して総合的なLow AC潜りに関するサイトとなって以来、非常にマニュアル的要素が強くなった。それは、上に挙げた諸氏の文章には不備もなく素晴らしいものであったことのお陰であることはもちろんのことだが、それを統合して、潜りレポートを書いたり、この雑文になにやら難しいことを書き綴ってきた私のものの言い方も大いに関係しただろう。全員が一人のプレイヤーでしかありえず、それぞれの文章は「公式」や「定理」ではありえないはずなのに、それが統合されてしまうと重厚長大なものとなってしまったのだ。

 結果として、このサイトがマニュアルとして利用されることは当然のことのようになってしまった感がある。実際にbattle.netの様子を見ていると、このサイトのそれぞれの概論を熟読したのだな、ということがよく感じられる。御一緒させていただくDiverの方々たちは、誰もがLow AC潜りに最低限必要なものを心得ている。それはもちろんのこと素晴らしいことだし、作者の一人として嬉しいことであることは間違いない。しかし同時に、マニュアルというものがもたらす罪悪をも、Low AC Diverの方々にいつの間にか押し付けてしまっているかもしれないことを、私はお詫びしなければならないのだ。つまり、基本を押さえている「しっかりとした潜り」というものから脱却することを、このHA! HA! HA! HAHA!! というサイトが妨害しているということだ。

 なるほど確かに、Marik抜けを覚え、斬り返しを覚え、地形を利用することを覚え、右から左/上から下に攻略するときには無茶は禁物であることを覚え、TLPによる離脱からHealによる回復を覚え、そして一度にたくさんの敵を相手しないようにすることを覚えれば、Low AC潜りは着実なものとなる。無理をしないでまずは安全を確保することが大事だと体で覚えたならば、ダウンの回数も激減するだろう。ここまでは「マニュアル」に書かれた「わかりやすくて論理的なもの」なのだから、場数を踏めばいつの間にかできるようになる。

 しかし、これだけのことをやって達成されたものがLow AC潜りなのかどうかというと、その答えはYESでもあり、NOでもある。上に挙げたようなことをできるだけでも素晴らしいことであることは何度でも繰り返して言及していいだろう。だが、これだけでは絶対に「何か大事なもの」が足りないのだ。上に述べたことができるようになることは、あくまでLow AC潜りの入り口にやっと辿り着いたようなものなのだ。その「何か大事なもの」とは、論理的なものでも、合理的なものでも、たやすくマニュアルにできるものでもない。それは、(わかりにくい表現で申し訳ないが)「ソウル」とでも呼ぶべきものなのだ。

 その「ソウル」というものをなんとか表現するために、Monju氏(=HA! のBBSによく書き込んでいるKusao氏)という名前を挙げてみよう。彼は古豪ともいえるLow AC Diverであり、いわゆる「技術力のあるDiver」だろう。しかし、(とても失礼な言い方をするなら)彼の潜りは流麗で安定したものとは言い難い。たいして難しくない場面でダウンすることも時々見受けられるし、困難な局面では、私自身の目を疑う程の無謀でギャンブル的な動きをする。結果として、その無謀なギャンブルはダウンへとつながることが多々あるのだが、それでもなお、彼のダウンには私を含めて周囲のダイバーをなぜか熱くさせるものがある。「彼の死が無駄に終わらないように、なんとかこの局面を乗り越えよう」と思わせるものがある。それは、彼の潜りには、論理的思考・常識・的確な状況判断・計算などのLow AC潜りの基本を超越している「不可能かもしれないことへ挑戦する勇気」があるからなのだと思う。実際に、彼は「ああいう動きをするときには、『いける!』って思ってるし、前に突っ込んでいってるその瞬間には自分に酔いしれてるよ(w」と言っている。

 「ソウル」というものを紹介するためには、他の例も必要だろう。ここに、「ソウル」を垣間見ることができる文章がある。Xeno氏のコラムだ。要約しつつ引用してみよう。

 私はINV飲みでTLPダンスをしながら、Sonic-Scaleを操る。いや、あの時あの場所では操作していたのではない。自分とSonic-Scaleという名のゲームキャラクターが、一体化していた瞬間であった。そしてこの時四人全員が一歩も退かずに、攻めて生き残る。誰かが最後の敵を屠ると、四人全員の動きが止まり一瞬の沈黙。私はあの張り詰めていた空気、そしてやるべきことを成し遂げた時の充実感に打ち震えていた。その後の盛り上がりは記す必要も無いだろう。
 この文章で表現されているものもまた、Low AC潜りのエキサイティングな醍醐味、つまり「ソウル」なのではないだろうか。無難で安全で論理的なLow AC潜りでは「張り詰めた空気」も「やるべきことを成し遂げたときの充実感」も生まれ得ない。ただのゲームの楽しみというありふれたものを超えた「何か」をXeno氏が感じたことを、読者の皆さんはすぐに理解できるのではないだろうか。

 常識・安全性・堅実性というものから抜け出して、最初の一歩を踏み出すことは確かに怖いことだ。おそらく最初はダウンの連発を引き起こすだろうし、周囲の人間に大きな負担ををかけるかもしれないし、ゲームのテンポを悪くするかもしれない。しかし、そのことを悔やんだり、卑屈になったり、恥じたりする必要は全くないと思う。むしろどんどんチャレンジしていくべきだろう。そしてそのチャレンジというものに対して、周囲の人間も寛容であって欲しいと思う。そのことが、よりレベルの高い潜りをいつかは生み出すだろうし、Low AC潜りの真の醍醐味というものをも発生させるのだから。

 ……あなたの潜りには「ソウル」があるだろうか?

 しかし、ここで一つの問題が発生する可能性がある。Low AC潜りの「論理」を超えることは、上で長々と述べてきたように大きな楽しみを生み出すかもしれないが、Low AC潜りの「論理」を超えればいいというものでもないのだ。これについては長くなりそうなので次回に。


「論理」
Date: 2001年02月18日 (日)
 前回の雑文で私は「味方とは違う方向に進んで勝手に敵を倒していくことはマルチプレイではないということは、このサイトの読者なら誰もがご存知だし、そのようなプレイする人はもはや時代遅れだと言っても過言ではないだろう」と私は書いたのだが、この一文には説明が必要だろう。なぜそれは時代遅れになってしまったのか、という説明が。

 Diablo1が発売されて以来、様々な遊び方というものが提案され実践されてきたのだが、それらの中にはいつの間にか消え去ってしまったものもある。Yahooなどのカテゴリ検索によって、すでに更新が止まっているDiablo1関係のサイトを覗いてみれば、それら消え去ってしまった遊び方の名残というものを感じることができるし、あるいはDiablo関係のリンクを辿っていけば偶然にも巡り合うかもしれない。
 たとえば、いつのまにか消滅してしまった装備の組み方・遊び方に次のようなものを挙げることができる。

1. Dra/Wiz x3, Obs Armor Sor, Obs Bow SorもしくはObs Bow Heavenなどの装備ばかりでMana上昇のみを狙う装備のLow AC Bow-R。当然Bowによる攻撃力は、敵がのけぞるかどうかも怪しいほどしかないため、魔法攻撃が主体になる。結果としてFBやCLを、他人を気にせずに放つために、仲間とは別の方向に進む(もしくは一緒には進むが、他人にその攻撃が当たることを気にせずに魔法を使う)。魔法が効きにくい敵は、ほぼ100% SCで固めてからBowで時間をかけて倒す。

2. Lifeを1にまで削ってMSを張ることによってのけぞりをなくし、敵を殴るS。BSなどのTo Hitの足りない武器を使うこともあれば、King's Axe Hasteを使うこともあるが、敵をすべてSCで固めて殴ろうとするため、魔法攻撃は行わない。

3. Vitをデフォルトの値からまったく上げないLow AC W。装備はDex系のみであるためShield Blockは行えるが、LifeはBKの1 Hit分に耐えるほどしかない。しかもSTRを上昇させる装備はしないため(SSOHを使用する)、敵を倒すにも時間がかかる。敵の集団と出会うと、まず安全な場所まで逃げて隠れ、仲間がその敵の集団を倒すのを待ち、残りが1、2匹になると現れてその敵を倒す。仲間が進むテンポに合わせるだけで、実際は何の働きもしていない。

4. Marik以外の技術不在のAxe潜り。装備はこのサイトで紹介しているものと同様だが、TLPによる移動は行わなず、歩きのみで進む。下から上に進むときや、左から右に進むときにはMarikを行うため安定感はあるが、逆に上から下に進むときにはなすすべなくダウンする。通常は同じ志(こころざし)のAxe仲間4人でのみ行う。つまり4人で固まって歩いて進み、上から下に進むときに敵と遭遇したら、4人で壁を作り、赤Potionを飲んで耐えながら誰かが倒すのを待ちつつAxeを振る(SCもしない)。

5. 裸でスタートし、途中で拾ったアイテムのみを装備してゆく。当然To Hitが足りないため100% SCによる「地蔵壊しゲーム」となる。大量にPotionを補給するため仲間のテンポについてゆくことができない。仲間に対する貢献度はゼロ(むしろ迷惑をかけることが多い)。

 1番から5番までの遊び方を紹介してみたが、なぜこのような遊び方というものは時代遅れになってしまって消滅したのか、読者の皆さんはおわかりだろうか。……そう、このような遊び方には、様々な疑問に耐えるだけの力のある「論理」が不在だったからだ。もしくは、そのような「論理」なしに、ただ「面白そうだから、他の人はやっていないから」というミーハーな好奇心で始められたものであるに過ぎないからだ。

 たとえば1番の遊び方は「なぜそこまでManaを上げる必要があるのか」という疑問に耐えることができない。更に「仲間との共同プレイをしないのに、わざわざBattle.netに来て募集したり、募集に参加したりする必要があるのか」という疑問にも耐えることができない。「SCで固まっている敵を倒すためになぜわざわざ仲間にあたるBowを使う必要があるのか? SwordでもCCでも構わないじゃないか」という疑問にも耐えることができない。

 2番は「なぜ魔法の効く敵まで固めてBSで殴らなければいけないのか。そしてそれをなぜ敢えてSでやらないといけないのか」という疑問に耐えることができない。「なぜLow ACにしてアクション性を高めようとしているのに、のけぞりをなくしているのか」という疑問にも耐えることができない。

 3番は「仲間についてくるだけのために、なぜBattle.netに来なければいけないのか。その潜りに、その装備で貢献したかったら、敵を倒さなくてもいいから、Potionを残り3人のために運ぶだめに往復してくれたほうがよっぽどいい」という意見に耐えることができない。「なんでVITを上げない必要があるのだろうか? 『どうだ、僕はこんな低いLifeで潜ることができるんだぞ』というアピールかもしれないが、あなたは金魚の糞のようについて来ているだけで『一緒に潜っている』わけではない」という疑問にも耐えることができない。

 4番は、「上から下に進むと死ぬならば、High ACにしたりShieldを持てばいいじゃないか」という意見に反論できない。そして「歩きAxe」4人でないと成立しない潜りは、当然のごとくPublic CHでの公開募集などできない。仲間内の閉じた潜りしかできない。

 5番は……もう説明は不要だろう。疲れてしまった。

 逆に言えば、今でも多くのDiverに楽しまれている遊び方というものは、それらの疑問に耐えることができるだけの「論理」を持っているということだ。もしくはそれらの疑問に耐えることができるように、その遊び方の愛好者が、「論理」を生み出したのだ。

 たとえば、スタンダードなHigh AC潜りが最高の例だろう。スタンダードなHigh AC潜りは、キャラの能力と装備を極限にまで高めることを目的としており、「Diabloは、経験値稼ぎ、アイテム探しのゲームだ」という強固な論理的支柱を持っている。Public CHでの公開募集に参加し、仲間を助けながら進むことも可能だし、スピードの速い潜りでも(そのプレイヤーがテクニックを持っていなくても)十分に活躍できる。その方向性は「プレイヤーの腕次第」という項目は欠落しているけれども、そんなことはHigh AC潜りには関係がない。そもそも「プレイヤーの腕次第」にならないような遊び方だからだ。もっともDiabloの原点に近い、「RPGとしての、キャラを強くすることを楽しむための遊び方」なのだ。これからも、High AC潜りというものは消えることはないだろうし、消えてほしくないと思う。

 2番と一見似ているけれども、強力な「論理」を持っているものもある。STRを上げ、BSを持っているし、To-Hitは足りないが、魔法攻撃主体のS。この場合は、「魔法の効かない敵が出てきても、BSで倒す」という考え方だ。魔法攻撃が有効な敵は魔法で倒して仲間の負担を減らし(もちろん仲間に魔法をあてないように注意を払うぐらいのことは当然行う)、自分が今から倒そうとしている魔法攻撃の効かない1匹だけをSCで固める。仲間がアクションゲームとしてDiabloを楽しもうとしているとしても、その邪魔をすることはないし、むしろ4人のうちで中心的な、もっとも頼りになる存在だろう。

 そして、やはり我々が行っている「技術・判断・共同プレイ重視のLow AC潜り」というものについても言及しなければいけないだろう。読者の皆さんはご存知ないことなのだが、実を言うとUNIQN氏、Racco氏、そして私はこの「反論に耐えうる論理」を生み出すために様々な議論を繰り返し行ってきた。つまり自分たち自身に向かって、考えつくものすべての、答えにくいような反論・疑問・批判を敢えてぶつけてきたのだ。たとえばそれは「なぜTLPで移動しなければいけないのか」「なぜAxeを使うのか」「なぜLow ACで潜るのか」「SCは必要なものだろうか」「なぜ仲間と一緒に進まなければいけないのか」「なぜDiablo Roomを開けないのか」「なぜ仲間にBowや攻撃魔法をあててはいけないのか」という本当に根本的な問題さえ扱い、そしてその疑問に明確な答えを出してきたのだ。このような根本的問題ばかりではない。「テンポよく進むことと、仲間を助けることはどちらが大切なのか」「タイムアタックという遊び方と自分たちの潜り方は共存するのだろうか」という難解な問いにも答えてきた。そのような生まれては消える反論に自分たちを晒し、果てしなく議論した結果(今もなおそのような議論は続いているのだが)、「技術・判断・共同プレイ重視でAxeで潜ることは、実は強固な論理的基盤を持っている」ということを証明できているのだと思う。そしてそれは「Axeで潜ることを『時代遅れにしない』ためのもの」だったとも言える(私たちの解答というものがどんなものであるかは、敢えてここでは書かない。膨大な量の質問と問いであるから)。

 余談になるかもしれないが、私はこの3人の中では特にこの「Axeで潜ることの論理的基盤」ということには偏執的なほどにこだわった。Axeで潜ることは純粋に楽しい。しかしそれは巷でよく見かける「コスチュームプレイ」とは何が違うのか。自分がやっていることは1番から5番までに挙げた「コスプレ潜り」と同じなのではないか? と。

 ……あなたは「Low ACなのに、なぜTLPで移動するという危険を冒すのか?」という疑問に答えられますか? ……答えられるからといって、得するわけでも、うまくなるというものでもないけれども。


アクティヴ・マルチプレイ
Date: 2001年02月13日 (火)
 更新するネタもなくてこの雑文集は放置されていたんだけど、しばらくぶりに。今回のネタはマルチプレイについてです。しかし最初に言っておきますが、「そこまで考える必要あるん?」といった類のネタです(笑)。でも私は「これが次世代のマルチプレイ!」と信じております。

 「マルチプレイ」という単語はこのサイトの最頻出用語だけれど、はたしてそれがいったい具体的にはどんなことを意味しているのかということから説明を始めたい。まず最も基本的なことは、4人が同じ方向に進んで一緒に戦うこと。つまり味方とは違う方向に進んで勝手に敵を倒していくことはマルチプレイではないということは、このサイトの読者なら誰もがご存知だし、そのようなプレイする人はもはや時代遅れだと言っても過言ではないだろう。さらに「マルチプレイ」という単語が示すものとは、「仲間の状況をよく見て、仲間がピンチに陥っているようだったらSCによってヘルプをする」ということも意味する。そして「味方の行動を邪魔するようなことはしない」ということも意味しているだろう。つまり、SやBow-Rは味方に魔法やBowによる攻撃をあてないように注意を払うべきだし、WはSやBow-Rの攻撃ラインを邪魔しないような位置取りをするということだ。(他には「みんなが楽しめる雰囲気を作り出すよう努力する」とか、「Res Scrollは複数本持っておく」(Tai氏のサイトを参照)などの実際の敵との交戦状態には関係のないものも重要なマルチプレイの構成要素だが、それらのことはとりあえず考慮から外し、「敵といかに戦うか、その戦い方によっていかに『マルチプレイ』を築くか」ということに論点を絞ることにする)。

 これまでは、「味方の状況をよく見て、必要とあれば味方のためにSCをする」ということがいわゆる「マルチプレイの到達点」だと見なされてきたように思える。もちろんそれは正しいし、「味方の状況を正確に把握する」ことも、「必要最小限のHelpのためのSCをする」ことも、口で言うほど簡単なものではない。そこまでできる人は未だに数少ないと言っても過言ではないだろう。そして、それを十分にこなしているというだけでも、マスタークラスのダイバーであるとも言えると思う。

 しかし、私はさらに考えたいと思う。「もっといいマルチプレイはないのか?」と。……実は「仲間がピンチに陥ったときに助ける」という行為は一種の対処療法であることにお気づきだろうか? 一緒の方向に進んでいると、いつのまにか誰か1人の負担が増大して、その人がピンチに陥る。そしてそのピンチを見て誰かが助けるという行為は(もちろん素晴らしいことではあるけれども)、「完全無欠」とは言いがたい。つまり「なんらかの悪い状況が生まれたときに、それを改善しようとする行為」が「仲間がピンチに陥ったときに助ける」ということを意味するなら、「悪い状況が生まれないようにあらかじめ負担を均一化しておく」ように心がけることも可能なのではないだろうか。そう、「よくない状況をSCで改善する」のではなく、「HelpのためのSC(あまりにも敵が多すぎるためにSCを自分のためにも仲間のためにもしなければいけないSCはもちろん必要だけれど)をしなくてもいいような状況をいつも保持しておく」ということを目指すことも、一つの進歩した方向性なのではないだろうか。つまり、今までのマルチプレイが対処療法=Passive(受動的)なものであるとしたら、私がこの文章で提唱しようとしていることは予防策=Active(能動的)なものであると言えるのだと思う。

 ……さて、ここまで小難しい抽象的なことを読んだ読者諸氏は「んじゃ、具体的には何をすればいいのよ(w」と思っていらっしゃるだろう。ということでその疑問に答えることにいたします(笑)。

 まず仲間全体と敵の配置というものを考えてみよう。仲間のうちの誰か1人がピンチに陥るということは、その人にばかり敵が集中してしまって、他の人が「その人が苦しんでいるお陰で楽をさせてもらっている」ということを意味している(全員が苦しくて味方のピンチへのヘルプもできない状況というのは、ただ敵を起こしすぎているだけだ。そのような状況を作ることが最初から間違っている)。ということは、1人に敵が集中しないような動き・位置取りを行う必要があるということだ。だから理想的な状況とは、4人全員が1 on 1ないし1 on 2でいられる時のことを、この「アクティヴ・マルチプレイ」では意味している。

 そして局所的には、たとえば仲間が3匹の敵に捕まっているようだったら、その仲間の近くに移動して、その仲間が1 on 1ないし1 on 2の状態になるように心がける(言い忘れていたが、1 on 2で死ぬようだったら、その人は技術不足だ。『アクティブ・マルチプレイ』どうのこうのなんて考える必要などない)。その人に隣接して一緒に殴る必要はない。3匹のうちのどれかをどこかから殴ることによって、その人に1 on 2の状況を与えるということだ。

 また、逆説的に説明するならば、「仲間の負担が増えるような動きはしない」ということが大切だ。たとえば「敵の集団を飛び越して、TLPダンスによる各個撃破」という行為は、あくまで味方の負担を軽減させるものでなければならない。つまり、前に出ることによって、自分だけが楽になって、後ろで粘り強く攻撃している味方の負担が増大してはいけないということだ。集団を飛び越えるという行為は、「自分が生き残るため」ではなく、「集団を上下・左右に延ばすことによって、仲間の負担を軽減するため」であると、この「アクティヴ・マルチプレイ」では認識する。前に出ることによって更に多くの敵を起こしてしまい、その敵を倒すのに必死になっていることは、仲間の負担軽減にはつながらず、ただの「ナルシスティックなプレイ」に過ぎない。他にも、「せっかく並んで攻撃しているのに、長々とダラダラMarik抜けをしてしまって、一緒に並んでいた仲間の負担が一気に増大する」ということも、「アクティヴ・マルチプレイ」では忌避すべきことだろう。戦線を離脱するのも一時的には構わないが、離脱している時間はできるだけ短くするように心がけることも重要だと思う。他にも、「誰か1人に敵の魔法攻撃が集中しないように、負担を分担する」ということなど、いろいろと考えれば出てくるはずだ。
 
 はたしてここまで我慢強く読み通してくださった読者諸氏は、「ふうぅ、やれやれ、気にしなければいけないことが本当に多いな」と思っていらっしゃることだろう。まさにその通りだ(笑)。だからこそ冒頭で「そこまで考える必要あるん?」といった類のネタだと事前に宣言しておいたのだ(笑)。たしかにこれだけのことをやるためには、Low AC潜りにおける個人技は完成のレベルに達していなければならないし、いつも他人のことを気にすることができる余裕を持っていなければならないし、広い視野や状況の分析スピードもかなりものが必要とされるだろう。それにもちろん経験も。繰り返して言うけれども、これまでのスタンダードな「パッシヴ・マルチプレイ」だけでも、十分に素晴らしいマルチプレイを築けるのだ。「アクティヴ・マルチプレイ」までやってみようという人は、本当にマニアックな人だと思う。そう、以前に発表した「潜りにおけるズレ対策」と同じ類のことなのだ(笑)。

 だが、この「アクティヴ・マルチプレイ」を構築するための、上に挙げたような方法を1つだけ抽出して実践してみるだけでも、かなり今までとは違うのではないだろうか。私は、これまでの「パッシヴ・マルチプレイ」をベースにして、このような「アクティヴ・マルチプレイ」を部分的に利用という組み合わせが一番効果的なんじゃないだろうかと睨んでいる(笑)。だって、4人全員が「負担が均等になるように!」なんて考えることなんてないと思うから。……実験として、マスタークラスのダイバー4人集めて、全員に「アクティヴ・マルチプレイ」を意識してやってみてくれ、とお願いするのはある意味で面白いかもしれないけれど。ま、ぎこちない動きになって調子くずしたという結末が見えてはいるけれど(笑)。

 ……誰かやってみません?(いないだろうか?)


「私の色はこうなのよ」 vs 「あなたの色に染まります」
 Date: 2000年12月19日 (火)
 さて、すっかりサイトの更新は止まっています。なんというか、コンテンツとして更新することがもうないんだよねぇ(笑)。WRS全部マニュアルは皆様のおかげで出揃ったし、「もうこれで文章になるものはやり尽くすことになるかな」と思ってやり始めた3rd, 4th Room攻略法は反応がなくて流れてしまったし(笑)。……ってことで、ここの雑文集にくだらないことでも徒然と書こうと思います。潜りレポートのほうはもう少し停止。というのも、「なんだか潜りレポートってえらそうだ、先生っぽくてやだ」と思っていたところに、UNIQN氏も同様の感想を抱いていたようなので、もっと日記ライクに、自分のことを中心に私は執筆していこうと思っているところです。

 で、今回はちょっと面白いと思ったことを一つ。

 先日UNIQN氏と、とある人について話をしていたのだが、その人との潜りについて全然感想が違っていたのだ。私はその人の潜り方について「おお、いいじゃない、いろいろ考えてやってるよね」という感想を抱いていたのだが、UNIQN氏は正反対の感想を抱いていたのだ。こういうことは以前からも発生していたらしく、私が潜りレポートとか、Battle.netでのチャットで私が誉めている人とUNIQN氏が一緒に潜ってみると、UNIQN氏は「ええ、そうかい?(w」ということが度々だったそうだ。
 私とUNIQN氏は長い間一緒に潜っている間柄なので、「いいマルチプレイ」というものに関しても、「いいマルチプレイを構築するために必要な配慮」というものに関しても、おそらく同じような概念を抱いているはずなのだが(というか、私がUNIQN氏などのLA2H Diverの先人達との会話によってそういうことを考えるようになったのだ)、これだけ他人に対する評価が違うのはなぜなのだろうか。それは、「採点方式」が違うせいだということがUNIQN氏とのその日の会話によって判明した。

 私は、「加点方式」ライクに一緒に潜る方を観察している。つまり「全然マルチプレイに関して何も考えてない、テクニックも何もない」状態が基準で、そこからどれだけ工夫しているかを見ている。だから常に評価は「誉める」ものなわけだ。……いや、もし過去に「誉めていない」としたら、それは加点がゼロだったということなのだ(笑)。

 それに対しUNIQN氏は「減点方式」な観察をするようだ。つまり、「理想のパーフェクトな潜り方」というものが彼の頭の中にはあるらしくて、そこから「どれぐらいできていないか」ということを「減点」していくらしい。だから、もちろん私だって彼の中では「減点」されまくっている(笑)。結果として「今まさにマルチプレイを考え始めた潜りをしている人」というのは、彼の中では「何も考えていない状態の人」とほぼ同じに見えるらしい(笑)。

 もう一つの、これほどの評価の違いが生まれる原因として、私と彼の潜り方の違いというものも挙げられるかもしれない。ご存知のように、彼は積極的に前に出て、敵を分散させて各個撃破することを最重要視しており(LA2H Diver分布図でそのへんのことは解説している)、「潜りのテンポ」というものも大事にしている。だから結果として、フィールドを(各個撃破のために)広く使うし、スピードも比較的速いだといえるだろう。さらにW特有の「壁を作って、たくさんの敵を相手にする」ということもしないため、彼のようなタイプのWを見たことがない人からすれば、いわゆる「普通のWの動き方」とは別の動きをするように見えるのかもしれない。つまり彼は「自分の潜り方」というものをいつも堅持して、「自分の潜り方」を実践することによってマルチプレイを構築するという感じなのだと思う。

 それに対し、私は潜り方を面子によって恐ろしいほどにころころ変える(笑)。古株LA2H Diverばかりの潜りの時には積極的に前に出てTLPダンスをすることもあるし、スピードもUNIQN氏達に合わせる。だが、そういった古株諸氏がいない潜り、つまり最近Low AC潜りを始めた方が多い潜りの時には、恐ろしくオーソドックスでシンプルな動きしかしないし(つまり、Marik + Healの繰り返し)、慣れていない人が進むスピード・進行方向に合わせる=慣れていない人について行く。 そう、UNIQN氏は「私の色はこうなのよ」的潜りを実践しているのだが、私は「あなたの色に染まります」的潜りをしているのだ(笑)。

 この潜り方の違いが、他人にとってもっとも如実に顕在してしまうのが、私たちがWで仲間がまだLow AC潜りを始めたばかりのBow-Rであるときだろう。つまり、UNIQN氏の動きというものが、まだLow AC潜りを始めたばかりの方は読めないのだ。結果として、味方に当てないように配慮しているつもりなのに、UNIQN氏の動きは、彼にとっては予想の外なのだ(このことは、Axeを始めたばかりの頃のTai氏も過去に経験したことで、UNIQN氏やRacco氏の動きの動機が読めずに苦しんでいた)。だが、私は地味に動いているし、Bowラインを交わすことに関しては多大な注意を向けるので、たとえそのラインが「あまりよろしくない」ものであろうとも、私はそのラインは交わすので、結果的には私のほうが矢にあたることは少ない。とあるBow-Rの方と一緒に潜ったときに私が「ほとんどBowに当たることはなかった。よく考えていたと思う」とコメントしたのに対し、UNIQN氏は「もー何度も死にかけたぞ(w」とコメントするのだ(笑)。

 さて、この文章にはもちろん結論なんてものはないのだけれど、ま、「へぇ、LA2H Diverといっても、こんなに違うのねぇ」ってことが少しでもわかっていただければ幸い、ということでお茶を濁させてくださいませ(笑)。

潜りレポートしばらく休みます
Date: 2000年11月15日 (水)
 突然ですが、お知らせです。しばらくこの潜りレポートの執筆を私keganiは休止します。

 なぜレポートの執筆を休止するのか、そのわけをお話しよう。下のレポートをお読み頂ければわかるとおり、私は自分のスタイルというものを見失ってきていた。本来の私は、つまりUS-Westの頃の私は非常に手堅く、サポートを大切にし、自分が敵を一掃するというスタンスというよりはむしろ、メンバー全体としてうまく敵を倒すことができればいいというスタンスをとっていた。だから、常に仲間の状況を把握していることに重点を置いていたし、自身が敵の集団とどっしり構えて相対するというよりはむしろ、遊撃手的に仲間と仲間の間を移動し必要とあればヘルプするといった感じだった。もちろんこのようなスタイルはLA2H潜りのバラエティの一部でしかなく、UNIQN氏やRacco氏といった面々は全然別のスタイルだった。そして、そのようなスタイルの違いというものが有機的に連結して、当時はいいマルチプレイを作っていたように想う。

 それがAsiaに移って以来、LA2Hに興味を持つ人は増える一方でLA2Hをやってきたベテランプレイヤーは減るという事態が発生した。現在、一度は足が遠のいていたベテラン諸氏も再び足繁く来ているのだが、Asiaに移った当初は私とTai氏しかLA2H Diverはいなかった。その残存した私もTai氏も、LA2H Diverの中ではかなり手堅く守るタイプだったという偶然が、私の潜りのスタイルを狂わせることになった原因だったのかもしれない。つまり、私たちのように壁や地形効果を最大限に利用して手堅く守る(つまり非常に基本に忠実なやりかた)方法がLA2H潜りだと他の人から思われることに私が危機感を覚え、あえて私は自分のスタイルとは別のスタイルで潜り始めたのだ。もちろんオリジナルのようにはうまくはいかないが、UNIQN氏ライクに派手に飛び回ったり、Racco氏のように効率を重んじた質実剛健な潜りをやってみたり、Vargo氏のようにブンブン丸スタイルを真似してみたりしたのだ。そのマネごとが面白いということもあったし、「なんだ、私はこういうこともやろうと思えばできるんだ」という奢(おご)りも災いした。そういうマネごとをしているうちに、私は自分の本来のスタイルというものを見失ったし、かつての自分のスタイルの「堅実さ」に飽き足らなくなってしまったのだ。たまには昔のスタイルでやってみようと思っても、昔のスタイルというものは「敵をたくさん倒す人」という存在がメンバーの中にいることを必要とする。Asiaに来て、自分が中心になって敵を倒さなければいけないもしくは、自分がダウンしたりしたら総崩れになるかもしれない(=仲間の力量に信頼があまり置けない)という潜りも増えていたので、昔のスタイルで潜ることはできなくなっていた。

 そして今日の早朝、私は某氏に「最近は誰も私の潜りにコメントをしてくれないから、ちゃんとうまくなっているか不安になる」と打ち明けると、彼は「うまくはなっているのかもしれないけど、スタイルが見えてこない、何をしたいのかこっちから見ていて伝わってこない」と言ってくれた。その言葉はまさに現在の私を正確に表現する言葉だった。新しいことをやったとしても、所詮はそれはマネごとでしかないし、かといって昔のスタイルで潜ることもできないという私をだ。

 そして彼ともう一人を交えて3人で話をしているうちに、私がこのような状況に陥った一つの原因が明らかになった。それは、HA! HA! HA! HAHA!! というLow AC潜りの総合マニュアル的サイトを運営していることだった。私は潜りレポートというものを書くために、潜りながら他人の潜りをできるだけ冷静に分析している。そして同時に、自分の潜りというものも分析するように心がけている。そしてそれぞれの分析を見比べて、全体としてどういう潜りだったのかということを評価するようにしている。その「自分の潜りの分析」というものが、スタイル喪失の原因の1つなのではないか、ということだ。つまり「自分の潜りを分析して文章にする」という行為にはなんら短所はない。しかし、その文章によって「自分の潜りというものはこういうものだ」と自分の潜りが規定・拘束されるというフィードバックは必ず発生し、それが自分を苦しめる原因だったのだ。これと似たような事態はLA2H-W概論を書いた当時のRight氏にも起こったようで、自分が書いたマニュアルに、自分の潜りが縛られていたようだったと某氏は言っていた。

 そのとき私は「んじゃ、HA! は閉鎖するよ。サイトより自分の潜りの方が大事だ。自分の潜りを邪魔するようなサイトなんて、私はいらない」と某氏に言った。しかし、彼はこう言った。「もうすでに、HA! はWebmasterが自分の都合で勝手に閉鎖していいようなサイトじゃなくなっている。読者だって増えているし、今いきなり閉鎖したら迷惑をこうむる人だっているということを忘れてはいけない」と。……至言はまさにここにあり。さらに彼は、そのような悪循環的フィードバックというものは、「マニュアル的サイトを作っている自分」と「プレイヤーとしての自分」というものを(かつてのRight氏のように)切り離してしまえば済むことだと言った。そういうわけで、私は閉鎖は思いとどまったのだ。

 とはいったものの、私はこれからは自分のスタイルというものを再構築していかなければならない。真似事を続けて、器用貧乏&八方美人な潜りをしていくわけにもいかないし、US-West時代のスタイルというものはAsiaではうまく機能しない。Diablo以外のあらゆることにあてはまることだが、スタイルというものは、自分で「こういうものだ」と定義するものではなく、無心にあることを継続していればいつのまにか自分に身についており、人に言われて初めて自分がそれを構築していることに気づくものだ。今の私に必要なことは「自分で自分を文章にしないこと」=「潜りレポートを書かないこと」であることはおわかりいただけただろうか。リハビリの期間がどれぐらいになるのかは見当がつかないが、この潜りレポートの再開はこの場でお約束しておきたい。

本来の私のスタイル
Date: 2000年11月14日 (火)
  Mem: Mira-Benalvia, Tai氏のlv35W, Flamefinger, New-Romacerの4W AXE(1回目)
       Vargo., Racco, New-Romancer のWWWで全員Axe(2回目)

 上に挙げた方々は全員がLA2H Diverなのだが、私との歴史的関係をちょっと説明してみようと思う。

 まず、Racco氏は私にとってはLA2Hの師匠的存在であり、私がLA2H潜りを始めるにあたって根気強く一緒に潜ってくれ、いろいろと悪いところを指摘してくれた人だ。つまり私はRight氏のLA2H Technical Manual for Warriorを読んで基本的技術を学び、実践においてはRacco氏のダメ出し(笑)の繰り返しという二本柱によって技術の向上を目指してきたわけだ。そうやって私が上達を目指している頃に、Vargo氏もLA2H潜りを始め、Vargo氏と私は、いわゆるLA2H潜りの同級生といった感じだ。そしてTai氏は、私がだいぶLA2H潜りに慣れてきたころにLA2Hを始めたのだが、以前からLow AC潜りをやっており、光るものがあった。というのも実はTai氏は以前からRight氏のTechnical Manualの愛読者であり、盾剣装備のLow AC潜りにおいてもそのテクニックは他のLow AC Diverとは一線を画していた。……ここまでがUS-Westサーバー時代の話だ。

 そして私はAsiaで潜るようになる。そのときに出会ったのがFlamefingerさんで、始めて一緒に潜ったときからすでにAxe装備だった。彼は実は、ServerがUS-West, US-East, Asia, Europeと分かれる前からAxe潜りというものをやっており、パッチが1.07の時代にはDiabloをやっておらず、1.08になってDiabloを再開したのだった。つまり彼はAxe Diverとしてはかなりの古株なのだが、私たち(つまりUNIQN, Right, Racco, UPI, Misia, Solid.Pow, March, Vargo, Tai, 私といった、一連のライン上にいるDivers)とは以前に一緒に潜ったことがあるわけではなかった。そしてMira氏は、実はUS-Westサーバー時代からの潜り仲間なのだが、彼のメインはBow-Rであり、Wを扱うときには盾剣装備のLow ACであって、Axeを始めたのはつい最近だ。
 
 こうやって俯瞰するとわかると思うのだが、今日の上の方の潜りメンバーは(私にとっては)比較的New Generationであり、下の方のメンバーは1.05, 1.07時代からの潜り慣れた人たちということになる。

 1本目の潜りのとき、全体としても私個人としても、どうもギクシャクした感じが否めなかった。表現するのは難しいのだが、なにかしらの拘束具で自分の潜りとは別の潜りを強制されているような感じがしたのだ。以前なら粘ってパワフルにこなす場面でさっさとひいてSCで安全を確保したり、うまく立ち回って切り返しを連発する場面で、FBで片付けたりといった感じで、自分の潜りに納得がいかなかったのだ。TLPのタイミングも移動先も自分本来のものではなかった。

 それに比べて、2本目の潜りにおいて、私は本当に「自由」だった。何から何まで自分のスタイルというものを取り戻し、絶妙のタイミングで抜けたりTLPしたり切り返ししたりすることができた。「たくさんの敵をうまく倒せた」という充実感が溢れる潜りだった。

 こう書くと、まるで私は「古い馴染みのメンバーとでないと、うまい潜りができない」と言っているようだが、実は違う。問題は私個人のスタイルがいつの間にか本来のポジションからズレてしまっていたことなのだ。Asiaに来て、なんとなく自分を「サポート役」のようなものに任命してしまい、いつもメンバーが大丈夫かどうか過剰に気にしてしまい、結果として前線での自分の動きに集中できなくなっていた。

 それに、Flamefingerさんという、自分とは別の場所でうまくなった熟練Axe Diverと数多く潜ることも影響したと思う。Flamefingerさんは、文句なくうまいのだが、私と比較して、「危ないから下がろう、逃げよう」という判断が若干早い。つまり、本来の私だったら「まだ大丈夫、粘れる」と思える状況でも、Flamefingerさんは「危ないから下がろう」と思うことが多いようなのだ。それはSCに関しても言えて、本来の私だったら「TLPを刻んで各個撃破できるな」と思う状況でも、FlamefingerさんはSCで処理するということも多々ある。これは純粋にスタイルの違いというもので、どちらが正しい、うまいという次元の話ではない。要するに、どのように敵を倒すか、どのように状況を読むかという個々人の差でしかないと思う。そういうFlamefingerさんと一緒に潜っていると、いつの間にかFlamefingerさんの判断に自分も合わせてしまい、本来の自分ならパワフルにこなすところを下がってチョコチョコやってしまったりして違和感を覚え、「どこがおかしいんだろう?」と自分の潜りに関して考え込んでしまっていた。つまり私には「Flamefingerさんはうまいし、判断も間違っていない」という先入観があるため、Flamefingerさんの判断を客観的に見ずに、まるで自分の判断のようにして潜ってしまっていたわけだ。そして、Flamefingerさんがいないメンバーで潜ったときに、パワフルにこなすRacco氏やVargo氏のパワフルな潜りと合わせることによって、やっと自分の潜りというものを思い出したわけだ。

 HA! HA! HA! HAHA!! というLow ACのマニュアル的サイトをAsiaの読者にお見せするようになって以来、私は何かと質問されることも多くなった。やはりマニュアルを書いた人間として、Low AC潜りには無理は禁物であり、丁寧な判断や動きが必要であることを口にしてきた。たしかにそれは正しいと思っているのだが、私自身が、私自身の言葉によって、自分のスタイルに悪影響を及ぼしてきたのかもしれないと思う。「丁寧な潜り」と「神経質な潜り」というものは別物で、私はいつのまにか「神経質な潜り」をやっていた。もともと、私はラフプレイも好きだったし、その豪快さもまた、Axe潜りの楽しみの一つじゃないかと思っていたのだ。つまり、豪快さと繊細さが同居することを目指すというスタイルこそ、私の本来のスタイルだったように思う。

 そのスタイルを取り戻すことからまずははじめようと思う。
 ……なぜか最近、余裕のあるところでポロっと死んでるのが謎なのだが(w


誰にだってできること
Date: 2000年11月01日 (水)
 なかなか面白いなと思った話題を一つ。
 内容的には前回のレポートの続編です。

 最近私はLAN環境を構築することができたので、アイテム移動のために2台同時にDiabloを起動しているときがある(もちろんこれだけのためにThinkpadを買ったわけではないぞ)。そこに遊びにきた某M嬢(私の彼女にして、UNIQN氏のICQ友達)が遊びに来て、その様子を面白そうに見ていた。彼女は「Diabloやってみたい」と言い出す。実は今まで散々私がDiabloをやっているのも見てきたにも関わらず、彼女はDiabloに全く興味を示さなかった。というのも、彼女はこれまでの人生において、まったくコンピュータゲームを経験していなかったのだ。そういう彼女も、2人で同時にゲームできるということは面白く思えたらしく、初めてDiabloというゲームに興味を示したのだ。

 私はWを選び、彼女にはRを選択させる。もちろんレベル1からスタート。本当に久々にLv 1からのゲームだったが、新鮮に思えた。そして、某M嬢のプレイのしかたもまた新鮮に私の目には映った。私は一緒に潜りながら、彼女にいろいろな操作方法を教える。そして攻略のテクニックも。Shift OnでBowを撃つことから覚え、次には敵から離れてBowを撃つことを覚える。さらには敵に近づかれる前にいいポジションを確保することを覚え、次には私のWに(自分の画面で)Bowを当てないように努力させる。さらに私は彼女に難しい注文さえする。自分の画面と相手の画面では「ズレ」が発生することを説明し、「自分の画面で私にBowが当たっていないからといって安心してはいけない。相手の画面でハマっていると、僕はピンチに陥るんだ」と言った。このとき、彼女はLv 20でまだSCもTLPも覚えていない。TLPによる位置取りというものができないにもかかわらず、ズレさえ考慮してBowを打てというのは、もしかしたら無理な注文かもしれない。

 しかし、彼女はそれが「一緒に潜る」ためには必要なことだと思い込み、そうしようと努力した。その努力の姿勢は如実に表れ、彼女のBowが私に当たることは少なくなった。さらに、彼女は「あ、ごめん、(私の画面じゃ当たってないけど)もしかしたら○○○(=keganiの本名)に当たったかも」とさえ言う。 私は「ああ、これこそ、マルチプレイを学ぶ過程なんだな」と思いながら潜っていた。一つ一つ、注意するべきことを増やし、他人に配慮することを大事にしていくことこそ、マルチプレイの根本なのだ。

そして、これに関連するような会話を、私はBattle.netですることができた。 Mira氏とBowの打ち方について話をしていたところ(つまり、ズレさえ考慮してBowを打つにはどうしたらいいかという話題だった)、そこにGenos.(=Bob)氏が潜りから帰ってきた。ちょうどそのとき、私は潜りにおけるBowのズレかたについて話をしていたところだったのだが、Duelに興味を持っているGenos.氏はDuelの話だと思ったらしく、その話に参加してきた。だが、それが潜りにおけるBowラインのズレの話だとわかると、Bob氏は「そこまでやるのはパンピーには無理なんじゃ?(w」とおっしゃった。だから私は、「それは、『わたしはパンピーだから、ズレさえ考慮して味方にBowを当てないのは無理です』といっているように聞こえるし、そこで話は終わってしまいますよ」と言った。

 そう、その時、私は某M嬢のことを頭の中に描いていたのだ。 彼女は、ゲームセンスがいいわけではない。なにしろ、彼女は過去においてスポーツをしていたわけでもないので、彼女の反射神経は○○年眠っていたのだから。でも、そんな彼女でさえ、ズレを考慮してBowを撃つことができる。つまり「仲間にBowを当てないように努力すること」「ズレさえ考慮してBowを撃つこと」は、誰にだってやろうと努力すればできることなのだ。確かに、前回のレポートで例に出した某氏のように華麗に舞うことは誰にでもできることではない。それこそ、ゲームセンスがあるかないかの問題だからだ。しかし、上に挙げた2つのことは、そのことに注意を払うか否かだけが問題であって、センス云々は問題ではない。Genos.氏の言葉を借りるなら、「パンピーだってできること」なのだ。そう考えてみると、これら「誰にだってできること」をBattle.netにあまた存在するBow-Rの方々はなぜやらないのだろうと不思議に思う。そして、その事に注意を向けさせない周囲のプレイヤー達のことも不思議に思う。好き放題に矢をばら撒いて味方をハメて「ゴメーン」と謝ることを繰り返し、その潜りが終わったらまた同じことを繰り返す。そこには「学習する」という単語が不在なのだ。非常に「サムい」状況だと思う。

 誰にだって、やろうと思えばやれること。 あなたもやってみませんか?

マルチプレイにおけるBow-R
Date: 2000年10月26日 (木)
 さて、今回の話題は、Bow-R。
 実はこのレポートではBow-Rについて触れたことはなかったのだ。

 なぜ今回レポートで触れようと思ったかというと、前々回のレポートで、私がSのマルチプレイにおける役割を考察したことに関連する。そのレポートをお読みになっていただくとわかるのだが、Sというものは、そのSC絨毯爆撃と、FBやCLといった「味方にもヒットする攻撃」のために、マルチプレイの障害的存在になりうると私は書いた。

 この状況は、実はBow-Rにも当てはまる。ご存知のように、Bowというものは味方にもあたる。それはSの魔法のようにダメージを与えるというだけではなく、Bowの「ハメ攻撃」によって味方を行動不能にしてしまうというやっかいな状況も発生する。自分は、誰もいないところで敵をハメていたとしても、そのBowライン上にWが割り込んできて、そのWを行動不能にしてしまうこともある。さらに自分の画面では味方をハメていないとしても、相手画面との「ズレ」によって、相手画面ではハマっているという事態さえ発生する(この場合、その味方にはダメージはいかないが、相手を行動不能にしてしまうので、Healができなかったり、抜けることができなかったりするので、いずれにせよ相手を危機的状況に追いやるのだ)。 ……はぁ、面倒臭いね、Bow-Rって(w

 Sの場合と同様、マルチプレイに貢献するBow-Rというものは、非常に限定されるといっていいだろう。たとえばこういうBow-Rは、マルチプレイの阻害要因でしかない。

(1) Wの後ろからShift Onで弓を連射するBow-R(この場合、Wが作る壁の前に出るという意識も技術もない)。
(2) 味方にBowがあたることを気にせずに、好きなところに飛んで、Wが狙っている敵を狙うBow-R(未熟なLow AC Bow-R Diverに多い)。
(3) 味方にBowがあたるのが嫌だからといって、味方とは全然違う方向に進んで、FBやCLをばら撒きながら一人で進んでいくBow-R(Dra/Wizなどで装備を固めて、極端にManaとMagicを上げ、すでにそのBowの攻撃力はないため、魔法をばら撒かざるを得ない)。

 こうやって(1)から(3)まで眺めていただければわかるのだが、どのタイプも要するにマルチプレイの意識がないか、技術が不足しているわけだ。つまり、Sの場合と同様、「うまいBow-Rのみがマルチプレイに貢献できる」わけだ。では、どのようなBow-Rがマルチプレイに貢献できるのだろう? おそらくこんなタイプだと思う。

(4) 敵と味方の位置を常に把握しており、Wが作る「壁」の向こう側で飛び回りながら攻撃し、さらにその攻撃方向はWのいる場所には決して向かわない(つまり「ズレて、相手画面では味方にあたるかもしれない」という範囲まで計算している)、必要とあればWのサポートを行うBow-R。

 ……なかなかいないです、こんなBow-R(w
 これは、決してW中心に考えているわけではなくて、たとえば仲間の構成が4Rでも、RSSSでも同じことだと思う。つまり、できる限りBowを味方に当てることを避けるように努力し(完全に当てないようにするということは不可能だ。だが最小限にすることは可能だ)、味方の状況を把握しているということは、いずれの場合も必要なことなのだ。

 では、ここで一人のBow-Rを紹介しよう。

 彼の動きは極上といっていい。たとえ仲間がTLPで飛び回る3Wであったとしても、うまくスペースを見つけて味方にBowが当たらないように考慮しながら潜っている。だからこちらは思いっきりやれる。しかも、Wがつくる壁の前に出て、たくさんの敵を倒している。必要とあれば、ピンチに陥っているWのためにSCをするばかりか、WのLifeが減ったところでHeal Otherさえタイミングよく出す。その間にも彼は敵の集団の中を飛び回り、Barlog相手にFlashさえぶつける。……なんでそんなにうまく動けるのかわからない。とにかく彼は平気でそれをやっているのだ。説明不可能の、絶妙な位置取りと移動のタイミング。真似はできるのだが、彼のレベルに達することはできない。

 さて、彼は誰でしょう? あえて名前は伏せておきますが(こうやって紹介されるのが苦手みたいだからだ)、実在するLow AC Diverです(笑)。

SCについて
Date: 2000年10月12日 (木)
 ということで、今回の話題はSC。とはいっても、SのSCではなく、Low AC WRのSCについてだ。

 私は毎日のようにBattle.netに通い、様々な人と潜っているが、私がこういうLow AC潜り専門のサイトを公開しているせいか、Low AC Diverと潜りを共にするということが多い。そして、Low AC Diverばかりで潜るということも多々発生する。

 そうやってLow AC Diverの潜りを見ながら私は進んでいくのだが、気になることがある。それは、あまりにSCが少なすぎるのではないかということだ。どうも、「SCは意地でもしない」といった感じで敵を処理しようとするが、処理できずに撃沈するといったパターンを繰り返し目にする。私がこのサイトで紹介している「技術・判断を重視するLow AC潜り」というものは、「絨毯爆撃SC」というものを忌避しているのだが、決してSCを否定しているわけではない。SCというものは、「技術・判断重視のLow AC潜り」の場合、「敵の足止め」のために利用するということは、Right氏のTechnical Manual for Warriorですでに詳しく述べられている。この「敵の足止めのためのSC」というものは、単純な操作のように思えるが、実はそうでもないのかもしれない。まず、自分がどの程度の敵の数なら、SCなしで処理できるかを把握していなければいけない。もちろん、その敵の数というものは、敵の種類、地形、状況によって変化する。つまり、「ここでSCが必要か、どれぐらいのSCが必要か」という判断を適切に行うために必要なことは、とにかくあらゆる地形・状況を経験するしかないのだ。ということは、経験が少ないときには、「これぐらいは大丈夫かな」と思っても、それが無理だということを、赤い画面を眺めることによって学び、「あーこれはやばいかも」と思ってSCをたくさんすると、実はそのSCが必要ではないということに気づくわけだ。

 だから、経験がまだ少ないときには、SCが多くてもいい。だんだん慣れていって、SCの量が調整できるようになればいいだけだ。たとえば、上から下、右から左に攻めていくことは、一般的には「難しい」と言われている。しかし、これは本当は「SCなしだと難しい」ということであって、SCで一番前の敵を固めて壁を作り、その壁の終端から出てくる敵を殴っていれば、さほど難しいことではない。SCなしで、敵の集団の向こう側にTLPでジャンプし、敵を散らしていくことは、攻略法の一つの選択肢でしかないと思う。決して、SCによって壁を作る作戦よりも素晴らしいという訳ではない。無理して敵の向こうにTLPして、必要以上に敵を起こして、処理できずに撃沈したり、逃げ帰ったりして、味方に迷惑をかけるかもしれないのだ。状況を見て、敵の向こうにジャンプすることが有利と思えばジャンプすればいいし、敵の集団の向こうにジャンプすることが危険だと判断すれば、SCするべきなのだ。

 特にこの「意地でもSCしない」という姿勢は、ある程度Low AC潜りに慣れた人に多いような気がする。それは、もしかしたら私のサイトの影響なのかもしれない。そうだったら、素直に謝ります。だからSCしましょう(笑)。そういう意味で、先日一緒に潜ったFlamefingerさんは、「うまいSC」をする人だった。

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